氷菓

2004年5月22日 読書
ISBN:4044271011 文庫 米澤 穂信 角川スニーカー文庫 2001/10 ¥480

「灰色の青春」を愉しむ折木奉太郎は、しなければならない事は手短に、しなくても良い事は出来るだけしない、と省エネをモットーとしていた。
 そんな時、逆らえない姉のすすめにより古典部に入部することになった奉太郎は、千反田えるという好奇心の塊のような女子生徒と出会い、様々な謎に巻き込まれていく。

 お話は古典部員達が「氷菓」という古典部伝統の文集の謎を解いていく事を主軸としています。
 最初は小さな謎の解決から始まり、あっと驚く事実が白昼にさらされていくカタルシスは、やはりミステリの醍醐味です。

 ライトノベル(中高生をターゲットとした小説)らしからぬ謎の中核に含まれたテーマ、硬質な文章、それに乗っかる小気味良いキャラクタ達のやりとりは、全てが相まって味わい深いものとなっています。

「日常の謎」としてみると、いまいちパンチが弱い気もしますが(これは「さよなら妖精」にも言えますが)一つ世界観を作り出すためには絶対必要な要素だと思うんです。
 最初で放り出さず、読み通して頂きたい。

 著者曰く、コーヒー一杯分の値段である本書は、どれだけ味わいの深いコーヒーよりも、美味しい一冊でございます。
 一冊目が読み過ぎてぼろぼろになったので、最近二杯目を頂きました。
ISBN:4592128281 コミック 羅川 真里茂 白泉社 1997/09 ¥410

 母親を交通事故で亡くした小学生の拓也は、幼稚園児の実(みのる)をまるで母親のように世話していきながら、成長していく。

 漫画と言えば幼少の頃から姉の少女漫画をかっぱらって読んでいたので、少女漫画自体には抵抗が無いんですが、この本はそういう「抵抗」云々をすっとばして面白い。

 羅川さんの著作は、人間が優しくて素敵なのです。
 小学生の拓也が実を母のように世話する、と上に書きましたが、葛藤が無いはずがありません。なぜ自分だけ、という葛藤と戦いながら、成長していくのです。
 少女漫画は生々しいと良く言いますが、この本は別に「あくの強い」生々しさはありません。ディフォルメされているけど、伝わってくる生々しさ、というか。心理描写が繊細なのかな。
 一巻、二巻あたりはまだ見えませんが、後半になるにつれて、一話一話のテーマも深く、全てに救いがあり美しいです。読むなら、一巻から一〇巻辺りまで一気に読む事をオススメします。
 友情、虐待、対人関係、思春期、色々考えさせられます。

 テーマが深い、と言っても小難しいわけでは無いですけどね。一人一人のキャラクタがきちんとたっていて見せ方が「巧い」ですから楽しくて、飽きませんし。

 ここまでクオリティの高い本を、私は未だ他に知りません。
 好きな本は? と問われれば、もしかしたら色々な小説を投げ捨ててでも「赤ちゃんと僕です」と答えるかも知れない。

 14巻、18巻はもう号泣です。
ISBN:4344402146 文庫 乙一 幻冬舎 2002/04 ¥520

 盲目の少女と、その少女の家に侵入した男との微妙な関係を描く。

 なんて捻くれたお話だろう。
 元々は「死にぞこないの青」の一エピソードであったらしいけれど、盲目の人に知られず同居する、という発想自体が考えつきそうで考えつかない面白さ。
 それだけでこのお話は「勝ち」です。

 少女と男と視点を行き来して、少しずつ互いの存在を確認し合っていく描写は、ある意味で恋愛小説なのですが、ここまで倒錯的な恋愛も無いなあ、ともはや感心してしまう。
 でも、それが嫌ではないから、また面白い。
 乙一さんのお話はこの「気味が悪いけど、嫌じゃない」感じの、少女漫画で言う「好きなのに嫌い」みたいなむず痒さが素敵です。

 二人の関係に興味を全部持って行かれて、そのうち終盤にいたり、まるで考えていなかった方向へ物語が転がって、「やられた」と呟いてしまうのです。
 意外と珍しい、一粒で二度美味しい小説ですよ、これは。

 安くて手頃な量で面白いとくれば、読まないわけにはいきません。

暗黒童話

2004年5月18日 読書
ISBN:4087020142 新書 乙一 集英社 2001/09 ¥950

 ある事故で片方の眼球を一つ失った少女は、事故のショックで記憶も無くしてしまいました。
 ぎくしゃくとする親子関係。記憶を失った少女を、我が子ではない、と嘆く母。
 少女は「眼球移植」を受け、視力を回復します。しかし、記憶は戻りません。
 時折ふと、移植した眼球に現れる光景がありました。前の持ち主の記憶だろうその光景を頼りに、少女は家を出ます。

 乙一さん初の長編にして、傑作。
 集英社の新書ということで、置いていないところが多いですが、文庫化されますので、そちらをどうぞ。

 優しい文体でどこまでもグロテスクな風景描写は、最後まで読み解いた時、どこかもの悲しく感じます。
 著者曰く――「切なさの達人」と呼ばれた自分を求めて買ってくれた人には申し訳ない作品――との事だけれど、角川スニーカーで出ていた色々な著作を上回る切なさが私の心には残りました。

 眼球の記憶という謎も十分魅力的だけれど、少女の葛藤のほうも面白く感じました。なるほど記憶喪失とはこんな感じなのかな、と。
 記憶喪失とは、一個人格の喪失であり、そして、記憶喪失の回復とは、やはり一個の人格が消える事を意味するのかも知れない。
 読者としては、記憶を喪失してからの少女の視点を通じて、物語を見るので、記憶の回復は、イコール彼女の喪失であり、感情移入をすればするほど、ジレンマを覚えます。
 デビュー作で「死体の一人称」という離れ業をやってのけた乙一さんらしいといえば、らしいですね。

 グロテスクな描写がきついといえばきついので(個人的に、物語として必要だと感じましたが)そういうのが絶対に苦手な方にはお薦め出来ません。それ以外の方には、文句なくお薦めです。

友情・愛と死

2004年5月15日 読書
ISBN:4041004047 文庫 武者小路 実篤 角川書店 1966/11 ¥399

 まさに私が読み終わった二つの話。

 偉大なる作家を志す青年の、恋と友情の話が「友情」
 この「友情」というのがまた、意味深く恐ろしくも美しい感情なのだ、と思わせる。
 序盤に伏線を張って、最後にそれを解き明かしていく様は、ミステリにも通ずる気持ちよさがある。
 私がどんな人物か、と問われれば、武者小路実篤の書く主人公のような人間だ、と言いたくなるくらい、感情移入が出来て、面白かった。
 にしても、ぼろくそに言われる主人公が可哀想だ……

 そして「愛と死」は、タイトルが示すとおり、愛と死をテーマに扱っていて、まさか泣くとは思わなかった。
 友人(この友人と主人公の関係は「友情」に通ずるものがある)の妹に恋をし、相思相愛になった主人公は、友人から進められて巴里へ旅立つ事になった。
 巴里へは半年間滞在する。無事、帰ってきたら結婚しようと友人の妹と約束を交わし旅立った主人公。毎日のように手紙を出し合う二人。
 これで死がテーマと言えばわかってしまうでしょう。
 最後、主人公が彼女の部屋を覗く場面でほろりと来てしまいます。というか、今も思い出して来てます。

 もう一つ「愛と死」で興味深かったのは、主人公が巴里から帰ってきて言った言葉。
「巴里にいったところで、人間が居るだけであった」
 そして巴里で僕は変わらなかった、と彼は言った。芸術はすばらしかったが、日本にも誇る人物は多くいて、という描写があったので、おそらく「人間が居るだけであった」というのは本当なのだと思う。
 けれど、彼は成長したのだ、と言った。旅行中の手紙のやりとりで育まれた「愛」と、帰路の途中で知った「死」によって。
 凄い衝撃を受けた。
 平易なテーマだなあ、と思って読んでいたのに、一つ人間の大事な部分を知った気がした。
 最近、成長という言葉が、どこか「自動詞」のように扱われているのに、憤慨する。
 何もしないで、ただ「何か」を待つ人間を私は好きになれない。
 かならず物事には「過程」があり「結果」がある。わかりきった事なのに、いまさら強く認識できた。

 この「強く認識」出来る事が、創作物のすばらしさだと思う。

 ああ、面白い。面白い。面白い!

秘密

2004年5月15日 読書
ISBN:4167110067 文庫 東野 圭吾 文芸春秋 2001/05 ¥620

 妻と娘がスキー旅行へ行く途中、事故にあった。
 奇跡的に娘は助かったが、妻は帰らぬ人に。
 だが、もう一つの奇跡が起こっていた。
 妻の意識が、娘の体に乗り移ったのだ。

 東野圭吾さんの出世作でしょう。
 これの前から、良作、傑作の部類は出していたのですが、一般受けはしてませんでした。私も「秘密」で知った口です。

 設定だけを見れば、単純なエンターテイメント作品に思えますが、ただ楽しませて、感動させて、だけでは終わらない。
 父親の葛藤や妻の葛藤が、とてももどかしく、胸元をかきむしりたくなるほどです。
 この本を読むのは、苦痛です。
 いくら面白く、感動が待つのがわかっていても、もう私はこの本の「葛藤」を読みたくありません。
 それでも、未読の方にはおすすめです。

 ああ、もう本当。思い出すだけでも、嫌だ……あのシーン……
 でも、最後のシーンだけは、何度も思い返したい。

人間失格

2004年5月14日 読書
ISBN:4101006059 文庫 太宰 治 新潮社 1952/10 ¥300

 ドグラマグラに進めません。

 太宰治の人間失格を初めて読んだのは、おそらく一六歳頃。
 あのときは、いまいち感じる物が少なかったけれど、今読むとなるほど傾倒する人がいるのもわかる内容。

 だめ人間ながら、現代のだめ人間とは一線を画するだめ人間ぷりが素敵でした。つまり、カリスマ性のあるだめ人間。
 人から何かすすめられる、または誘われて、それを断る事で相手を傷つけるんじゃないか、と思ってしまう。これは常に私も感じて、びくびくとしてきた事なのですが、意外とポピュラーな症状なのかも知れません。
 気持ちが軽くなる事は無いし、生き方を変えるわけでもないけれど、不思議と「人間」に親しみが湧きました。

 しかし面白い。古典が面白い。
 個人的に古典文学を読む事が「偉い」とは思わないけれど、面白くない、と言う人は信じられない。
 これは、純粋なファン心理みたいなものか。一種「古典文学」というジャンルであるし。

 で、朝になってしまったわけだけれど……
 眠い……
ISBN:433407314X 単行本(ソフトカバー) 宮部 みゆき 光文社 1998/10 ¥860

 読了しました。
 このカヴァーデザインは、いかがなものか。

 面白かった。けど、少々不満も。
 なんだかんだで「長編宮部みゆきさん」らしい。作品。
 テーマの丁寧な扱いにはいつもの事ながら感服です。私になりに、一つ考える事が出来ましたし、答えも出たような気がします。
 この本は答えを提示するのではなく、問題を投げかける物語なのですね。
 クロスファイア、模倣犯と読んで、「そして粛清の扉を」の選評のあの部分を読んだとき、二つの物語の中で、宮部さんがどの位置に自分を置いたのかが、なんとなくわかります。
 客観をこれほどもてるなんて、凄いです。

 エンターテイメント小説としては、後半少々急ぎすぎているような気がしました。
 青木淳子という人物像が、突然弱く見えたのは、狙いなのかな。初めて逢う能力者同士、という設定があったとしても、何か根本で納得がいかない。
 淳子の三人称一視点であるから、余計にそう思えたのかも。なんだか、青木淳子という人物が、突然わからなくなって、突き放された感じがした。

 あと、不自然ではないはずの伏線が、浮ついて見えたのは、なんでだろうなあ……

 それでも、面白かったです。
 読んでよかった。
ISBN:410443101X 単行本 黒武 洋 新潮社 2001/01 ¥1,575

 クロスファイアを読んでいて、この本を思い出しました。
 娘を殺された教師が、娘を殺した人間達である生徒を人質に取って教室に籠城し、身代金を要求する、というもの。
 どんどん悪人が殺されていく。
 ストーリー展開は面白かったけれど、今ひとつ軽すぎて心に残らなかった惜しい作品。

 この本は、ホラーサスペンス大賞受賞作だったかな。
 選考委員が宮部みゆきさんなんですが、選評の中で、

 無垢な被害者側からの報復は、どんな過激な形をとっていても許されるのではないか、という問いかけに、うなずく事は出来ません

 と言っているんです。
 クロスファイアで、おそらく宮部さんはその問題に対する答えを書いているのではないか、と思って下巻を安心して読んでいるわけですが、今のところ過激な報復が許されている形になっているのだけれど、どうなるのだろう。

 もちろん、根底に流れる疑問はこちらにぶつかってきているからこそ、上巻でもやもやとした気持ちになったんですが。
 はっきりとした「答え」をそこに見たい気がします。

 では、下巻読んできます。
ISBN:4334073131 単行本(ソフトカバー) 宮部 みゆき 光文社 1998/10 ¥860

 パイロキネシス(念力発火能力)を持つ女は「悪」を討つ。

 残虐非道な悪事をはたらく人間、それを滅する事を使命とした能力者。
 まだ上巻ですが、面白いです。

 マスコミに出ないだけで、凄惨な事件はごまんと存在するでしょう。
 そういう事をする人間は、死んでしまえばいいと思ったりもします。

 もし、自分に主人公と同じような能力があったら、同じ事をするかもしれない。なんて読書中何度も考えました。
 道徳心をどこにおくのか、強い能力(位置、立場、権力)を持った時点で、常人とは違うはずです。歴史がそれを語っているでしょう。
 人の死ほど客観的な物は無いですし、それが「死んで欲しい人間」に対するものなら、一層です。しかも誰にもばれない、咎められないなら。むしろその「死」で誰かが救われるなら。
 それは善行ですらあるかもしれない。

 ぞっとしないけれど、読書中何度も悪が死んでいく様を見ていて「気持ちいい」と感じました。
 ただ、「死」がそんな簡単な物なのか、と疑問がよぎらないといえば、嘘になります。この不可思議なもやもやは何だろう。
 下巻で、おそらくそれが説明されるような気がします。宮部さんの本は、そういうところで安心して読めるから好きです。

屋根裏の散歩者

2004年5月10日 読書
ISBN:4061952021 文庫 江戸川 乱歩 講談社 1987/11 ¥504

 江戸川乱歩と言えば、名を知らぬ人はいないでしょう。
 その乱歩作品でも、比較的有名なこの作品。

 ある男は、すべての遊びという遊びに飽き飽きとしてしまい、毎日を淡々と過ごしていた。
 そんなとき、住処の押入の天蓋がはずれ、屋根裏に出られることを発見した男は、夜な夜な屋根裏を徘徊し、ほかの部屋の様子をうかがうことを、楽しみにするようになった。
 そして男は、ある事を思いつく。
 完全犯罪を。

 まさかこの作品が大正に創られたものだとは思えないでしょう。
 今この粗筋がぽんと目の前に出されたら「おもしろそうだ!」と1000円札が出て行ってしまいますよ。

 主人公の男の心理が見事であるし、うまくいえないけれど、どこか三人称を半音ずらしたような描写も気持ちが良い。
 とんでもなく意味のない動機なのに、それを不自然と感じさせず、むしろ説得力があるというのが凄い。
 謎解きに至って、幾分がっかりとするものの、全体的に読み出すとやめられない不思議な魅力のあるお話です。
 屋根裏を歩き回って、無防備な他人の生活をのぞく、という設定に、多分な魅力があるんでしょうな。やってみたいもの。

(乱歩作品の有名な名探偵、明智小五郎が、まるで物語を終わらせるためだけに存在するように思えることが多々あるのです。それだけが、素直に江戸川乱歩を好きだ、といえない部分)
ISBN:4334729851 文庫 宮部 みゆき 光文社 2000/04 ¥620

 宮部みゆきさんの短編(中編?)集。
 それぞれの物語の主人公は超能力者で、いずれもその能力に悩まされています。
 同時に、能力を与えられたからには……と自身の生き方を決めているあたりが、おもしろい。

 燔祭は、映画化もされた「クロスファイア」の最初の物語にあたるので、クロスファイアを読むつもりの方は、この本から始めた方がよろしいかも。
 ほかのお話もおもしろく、損はさせません。
 表題作の鳩笛草が特に好きです。絶望に落ちていくのに、なんて美しい終わり方だろう、と思いました。

 宮部さんの作品というのは、長編のイメージが強いです。
 模倣犯、ブレイブストーリー、理由、等々。
 新聞連載や雑誌連載のお話は、長い傾向にある気がします。
 なので、時折冗長に感じることも。
 だからこそ、短編や中編がおもしろい。
 物語は綺麗にまとまっていて、テーマもきちんと個人が受け止められるくらいに内包されている。

 長編しか読まないのではなく、短編の宮部さんも、いかがでしょうか。
 そして、短編を読んでから長編をまた読み返すのも、新たな発見があって、乙かもしれません。

疾走

2004年5月8日 読書
ISBN:4048734857 単行本 重松 清 角川書店 2003/08 ¥1,890

 この表紙!
 フランス装の本では、この本が一番好きです。
 内容も、なるほど壮絶な表紙に合う壮絶な内容。

 一つの家族があり、その家族がどんどんと壊れていく様を、その家族の次男の二人称で語られていきます。
 この二人称である「おまえ」というのに、どれだけ早く慣れるかが問題。少々読みにくく感じますが、最後にその必然性が表れます。

 とにかく物語は暗く、落ち窪んで、どうしようもなく、何度も突っ伏しながら読み抜きました。
 人には絶対勧められないけれど、とんでもなく心に残り、お気に入りの本ではあります。

 大きな絶望と、ちいいいいいいいさな救いの物語。
 読書を自虐的行為にするなら、これほどの玩具はないかもしれない。

幽霊人命救助隊

2004年5月7日 読書
ISBN:4163228403 単行本 高野 和明 文藝春秋 2004/04/07 ¥1,680

 江戸川乱歩賞を「13階段」で受賞した高野和明さんの新刊。

 自殺をした青年がふと気づくと、なぜか崖にへばりついている。
 自殺をした青年は崖をのぼってみるとそこには、年齢も性別もばらばらな三人の人間達がいて、そのうち神様まで現れる。
 神様はその場にいた(青年も含め)四人に対して、命を粗末にした罰をあたえる。
 それは、七週間の内に一〇〇人の命を救えというものだった。

 なんだか馬鹿馬鹿しい設定であるけれど、実はこれが重たい。
 様々な「死にたい」と思っている人間を救っていく彼ら。そんな自殺志願者のエピソードを軸に物語は進んでいくのだけれど、常につきまとうのは、もう自殺してしまった主人公達の存在。
「自殺志願者は未来が見えなくなる」という作中の言葉の通り、自殺した主人公達は、徐々に「見えないはずだった未来」に身を置いた自分に、何度も疑問を抱く。
 どうして、死んでしまったんだろう。そう思う事すら。
 もっとこうして生きていれば、もっと図々しく生きていれば。何度も自問自答を繰り返す。
 この自問自答は、主人公達の心境でもあり、読者へのメッセージでもあるのでしょう。
 嫌味の無い書き方が、心に響きました。

 潜在的な自殺志願者達に、生きる意味を繰り返し叫び続ける自殺者である主人公達。
 滑稽な光景だけど、最後にはこちらも熱くなってしまう。自殺しようとする人たちに「がんばれ」と叫びたくなる(鬱病にはいけないらしいけど)。
 主人公達が自殺を食い止めるたびに、なんだかこちらの「がんばれ」という言葉が届いたような気になるほど、物語にのめり込めました。
 でも、読者にとっての「目」である主人公達にかける言葉がない事に気づき、なんだか複雑な気持ちになってしまうのも、この本の魅力かも知れない。

 この本は、まさに「救い」をテーマにしていて、全体的には爽やかに読み通せました。もちろん、ずっしりと心に残る重さはありますが、嫌な気分ではありません。

 最後に一言。
 自殺、かっこわるい。とみんなが素直に言えますように。

ラブロマ 2 (2)

2004年5月6日 読書
ISBN:4063143465 コミック とよ田 みのる 講談社 2004/04/23 ¥540

 友人宅で読んでまいりました。アフタヌーン、現在もっとも熱い雑誌です。たぶん。

 決して口にだせないような恥ずかしい台詞を、ラブコメディに鏤めて、恥ずかし気も無く言い切ってしまうところに、本書の魅力はあるのでしょう。
「お話が良ければ絵なんて」という言葉を良く聞きますが、ラブロマに至っては、この絵あってこそのこのお話。
 ほかの絵であればきっと、虫ずが走ってくるような言葉も、すんなり受け入れられてしまいますから不思議。
「好き」だとか「愛している」だとかの台詞が、もう日常の「こんにちわ」ぐらいに思えてきました。

 一種、この本は異空間と通じているんでは無かろうか。
 それぐらい、読み始めるとお話の雰囲気に浸れます。

ZOO

2004年5月2日 読書
ISBN:4087745341 単行本 乙一 集英社 2003/06 ¥1,575

 乙一さんの短編集。
 16歳だったか17歳でジャンプノベルスにてデビュー後、我孫子武丸氏の絶賛を浴び、角川スニーカー文庫で「せつなさの達人」と呼ばれる名短編集をいくつも送り出す。
 その後初のハードカバー「GOTH」で本格ミステリ大賞を受賞し、若い異能としてマスコミに多く取り上げられる。

 彼を天才と呼ぶ人は少なくないけれど、個人的に乙一さんは「とてもセンスのいい人」だと思うんです。
 幼少から吸収してきた様々なものを、努力で創作に押し上げている。
 そんなイメージ。

 このZOOは、比較的初期の作品から後期の作品まで揃ってる、統一性のないおかしな短編集です。
 どれもこれもそれなりに面白いのですが、中でも推したいのが表題作でもある「ZOO」と「陽だまりの詩」の二篇。
 この二篇の説明をすれば、この短編集がどれだけ変かわかって頂けるとも思います。

「ZOO」は、ある青年の元に毎日、恋人が徐々に腐乱していく写真が送られてくるという、前記した「せつなさの達人」とはかけ離れた粗筋を持った物語です。
 実はその写真は、青年自身が殺してしまった恋人を、青年自身が毎日写真を撮って自身に送りつけているわけですが、とにかく怖い。
 書き方が突き放しているというか、一人称なのに、なぜか客観的すぎて、ぞっとする。
 乙一さん得意の「最後にあっと驚く」ようなオチは無いだけに、あまり人気のない話だけれど、私は一番好きです、このお話。

「陽だまり詩」は、人類が滅亡している世界で、のんびりと暮らす一人の老人と、老人の作ったロボットのお話。
 ロボットが徐々に感情を持っていく様子が、急ぎ足でもなく、微妙な時間の流れで丁寧に書かれていて、最後は涙が溢れてしまいます。
 細かく張り巡らされた伏線もお見事。

 と、言うように、こういった両極端な話が平然と同じ本に収められて、なおかつそれがアンソロジーではなく「乙一」という個人であるから、恐ろしい。
 そして、とんでもなく面白い。

渚にて

2004年5月1日 読書
ISBN:4087746607 単行本 久世 光彦 集英社 2003/09 ¥1,890

 美しい表紙と、粗筋に惹かれて買ってみました。

 子供達の乗った船が嵐で沈没。子供達数人は漂流し、無人島に辿り着く。
 粗筋だけを読めば、ありきたりな冒険小説でしょうが、今までに無いタイプの漂流ものだと思うのです。

 飢餓状態で人を襲ったり、疑心暗鬼になったり、そういう展開を予測していたら、見事に裏切られた。
 その島には食べられる果実もあるし、飲料水も確保出来る。死に対する緊張感はあまり無い。

 つまりそうなると、少年少女数人の人間関係が面白くなってくる。
 舞台は現代なのだけど、場所が場所だけに、どこか幻想めいた関係が出来上がっていく。
 仲間達の関係に「危機」はなく、なんか青臭い「性」が見え隠れする。

 読み解くほど眼前に情景が浮かび、台詞一つだけで、隣にいるような生き生きとした登場人物達を書き上げる筆力も素晴らしい。
 読み終わった後、時折彼らの姿を回想したくなる物語でした。
 森博嗣さんの著書に「女王の百年密室」と「迷宮百年の睡魔」というのがあります。
 この本は、なかなか面白いです。
 内容は知らないんですが、なんか複雑で面白いんです。

 まず、幻冬舎からハードカバーで「女王の百年密室」が出版されました。
 2000年7月の事です。
 そしてその約三年後の2003年6月。平均的なペースでこの本は文庫化されました。もちろん幻冬舎から。
 しかしその数ヶ月後、2004年2月の事です。
 なぜか「新潮社」からこの本が文庫化されました。

 数日後、謎は氷解します。
 2003年6月。つまり幻冬舎で「女王百年」が文庫化されたその月、続編にあたる「迷宮百年の睡魔」が「新潮社」からハードカバーで発売されていました。

 これはいったいどういう事か!
 シリーズを出版する権利なんてものがあるのかわかりませんが、順当にいけば、幻冬舎から出るべきシリーズです。
 しかし、どういうわけか、新潮社にこのシリーズがうつったわけですね。
 私はそれを知って「なるほど」と手を打ちました。シリーズでも出版社がかわるなんて、まるでトライガンみたいだ、と笑いさえしました。

 だがまだ終わりません。
 なんと、そのたった九ヶ月後! 幻冬舎から「迷宮百年の睡魔」が新書化されたではありませんか!
 たった九ヶ月での新書落ち! しかも違う出版社から。

 整理しましょう。

 2000年7月→女王百年発売(幻冬舎
 2003年6月→女王百年文庫化(幻冬舎
 2003年6月→迷宮睡魔発売(新潮社
 2004年2月→女王百年文庫化(新潮社
 2004年3月→迷宮睡魔新書落ち(幻冬舎

 ちなみに、幻冬舎から漫画化されて出てたりします。

 このまま行くと、2006年の5月に新潮社から文庫化されて、このシリーズは二つしか出ていないにもかかわらず六冊も存在する事に。

 なんて面白い本だろう。
 売れっ子作家ならではの複雑な事情なんでしょうね。

 推測すると、幻冬舎から書き下ろしの依頼が来て、女王百年が完成。出版。
 次に、新潮社から書き下ろしの依頼が来て、続編を書いた。
 互いにこのシリーズの権利を主張しあった結果が、こうなのでは。
 異常に早い「迷宮睡魔」の新書落ちから見ると、なかなか最初に書き下ろしを取り付けた幻冬舎が優勢か。

 上の推測は、全部妄想ですが。

 別会社から文庫化、または新刊落ちする、というのは良く聞く話なんですけどね。
 バトルロワイヤルとか、リアル鬼ごっことか。

 島田荘司さんが、原書房で書いている御手洗の話も講談社の新書に落ちますね。

パレード

2004年4月30日 読書
ISBN:4344405153 文庫 吉田 修一 幻冬舎 2004/04 ¥560

 冴えない大学生。
 芸能人と付き合っている女。
 自称イラストレーターの女。
 男娼の男。
 映画配給会社勤務の男。
 接点のなさそうなこの五人が、一つ屋根の下「上辺だけの付き合い」を続けていく。

 そういうお話。
 吉田修一さんというと「パークライフ」で芥川賞を受賞した作家さんで、著書はあまり多くありません。
 ので、全部読んでは見ているのですが、良作あれど、傑作無しという印象でした。
 でも、この「パレード」は傑作を飛び越え名作。
 なぜこの本が文学史に名を残さぬのだろう!
 と今声を大にして叫びたい。

 川上弘美さんが、まさに私の心境を解説で書いてくださっているので、今更何を言う事も無いのですが……。
 ただ、やはり「怖い」です。この本はとんでもなく怖くて、しかも「愛しい」です。
 この本の世界から抜け出せなくなるかと思いました。

 涙が出ない打ち震える感動、というのを、初めて覚えました。
 発売はだいぶ前だけれど、今のところ今年最大の収穫。

硝子のハンマー

2004年4月28日 読書
ISBN:4048735292 単行本 貴志 祐介 角川書店 2004/04/21 ¥1,680

 著者四年ぶりの新刊。
 密室内で殺された、株式上場前の会社の社長。
 唯一殺す機会のあった専務が逮捕されるが、彼は無実を訴える。
 弁護士の純子は彼の無実を信じ、防犯ショップの店長榎本と共に捜査に乗り出す。

 まさに本格ミステリ。
 この本の楽しみ方は、だまされる事にあると思うのです。
 1の「犯行当日」を読みながら「ここが怪しい」と端々を記憶にとどめておいてください。だまされる快感を味わえます。

 トリックは結構ずるい部分もありますが(監視カメラの部分)ほかは途中で漠然と感づけたりもします。
 動機は難しいけれど、推理しながら読むのも、一興です。

 ?が犯行から推理まで。
 ?が、犯行の動機を犯人の視点から追うお話。
 という二部構成。この構成も、これしかない、というくらい巧いです。

 ただ、著者の作品にしては、インパクトが弱い。
 良質な本格ミステリではありますが。

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