ISBN:4575235040 単行本 古川 日出男 双葉社 2004/08 ¥1,680

 これはちょっと切ない小説かも知れない。
 つまり僕が終わっている。第二の僕はそこからはじまる。
 宇宙を構築している真実の音に耳をすませろ――この低音世界で。

 主人公はフルカワヒデオで、彼の日常、例えば編集者との打ち合わせや、取材旅行、友人との飲みに出かけたさいの馬鹿話、散歩、それらが語られる。
 語り口調は崩れている。日記的な形式と思えば、確かに頷けるけれど、それにしてもおかしな語り口。
 はっきり言えば、おじさんが無理矢理若者口調を使っているような違和感がある。
 けれど、それもどこかハイセンスな単語の紛れ、または文脈で許せてしまう。
 そこで切るのか! そこで続くのか! 助詞はそれか! 接続詞はそれか! ふりがなはそれか!
 文章に振り回されて、ぐるぐる頭の中も振り回されて――

 たまらない。

 作中には何個も物語のアイディアが出てくる。
 編集者と打ち合わせを何度もするのだけれど、果たして本当にそんな作中に語られる本を出す予定があるのか、どこまでがフィクションなのか、ノンフィクションなのか、混乱してくる。
 たまらない。
 しかし「ドストエフスキー・リローデット」と「低音世界あるいはアポカリプスX」は本当に出して欲しい。読んでみたい。

 この人はタイトルセンスがすさまじい。

 前作「サウンドトラック」は、もともと前後編の短編であったものが一つにまとまったのだけれど、その後編のタイトルが凄い。
「神々が笑いながら坂を昇り、降り、人差し指で巨樹を殺して(しかし彼らには四本の指しかない)洞にきえた。そこに東京の臍が」
 である。
 何か、歪で美しい。
 ボディアンドソウルでは、この歪な美しさが溢れている。

 着地も、いろいろな意味でぐるぐるする。
ISBN:4087746615 単行本 古川 日出男 集英社 2003/09 ¥1,995

 嵐。トウタは乗っていたクルーザーで音楽の死と、父親の死を確認する。
 船。ヒツジコは海に投げ出される。波に翻弄される。
 二人は無人島に流れ着き、暮らして、いずれ発見されて、東京に行く。
 ヒートアイランド化を続ける東京は、いずれ壊れていく。

 そんなお話。
 例えばこのお話に「順位」なんて物をつけようと思ったら、それはもう対象がないから不可能である事だと私は決着をつける。
 って、語り口がおかしくなるほど、この本は面白い。
 まず、帯に「近未来の東京を描く」なんてありますが、これは近未来のお話ではなく、完全な「SF」であります。同時に、思考実験でもあると思う。実験? 思考遊戯?
 つまり、思考実験であるほど細部が忠実であるのに、歪なリアリティが「SF」なのです。

 登場人物はこんなに長大な物語なのにそれほど多くはなく、むしろ、トウタとヒツジコ(あともう一人と一匹)以外はこの世界を成り立たせてるただの支柱であると言っても良い。
 それが絡まり合う事もなく、しかし各々生きて東京を完成させている「生々しさ」が素晴らしい。
 トウタとヒツジコでさえ、途中絡まり合う事はない。無人島に流れ着き、一緒に暮らした経験さえまるで無意味に、繋がらない。

 話は跳躍を続けるけれど、それに不自然さはまるでない。超自然的な現象だって、目の前にあるのは現実だと思える。のめり込める。
 小説的な伏線も、小説的な盛り上がりも、小説的な躍動感も無く、ただ繰り広げられる(仮想)現実についていくのに読者は疲れてしまう。
 でも、達成感にも似た読後感は、たぶんこの本でしか味わえないと思う。ただ長い訳ではない。ただ詰め込まれたわけではないリアリティが、やはり素晴らしい。

 最後、物語が終結していく様はとんでもないカタルシスだった。こんな方向へ向かうなんて、と感嘆とする。
 たとえばそれって「伏線」が活きているわけなんだろうけれど、上記の通り伏線なぞ関係なく、つまり現実的に凄かったのだ。
 まさか東京があんな事になるなんて!(ひっぱろう)

 映像化は不可能だし、しなくて良いとも思う。抽象的なはずなのに、がんがん視野に映像が飛び込んでくるような文章がそこにあるから。

 いやしかし、装幀買いした作品がこんなに当たりだったとは。
 個人的「奇書」に認定。面白いけど、面白いともまた違う、何だろう。やっぱり変だ、この本。と言うか、古川日出男。
 新刊の「ボディアンドソウル」も変に素敵な予感がひしひしします。物語のアイディアの物語なのかな。

 素晴らしい装幀に、素晴らしいが癖のある内容。そして1900円。
 買うか否かは、任せます。

注・買うつもりならば、公式ページは絶対に見ない方が良いです。
ISBN:4048735543 単行本 小林 泰三 角川書店 2004/08/31 ¥1,680
 最強の吸血鬼カーミラが殺された。何者の仕業であるのか、吸血鬼、人間共に頭をひねる。
「誰が殺せたのか」
 疑問はそれである。
 ただ一人、吸血鬼のヨブだけは、察していた。ある存在を。


 どうなんだ!
 どうなんだ!

 描写は軽妙で、グロテスク。それに似合い、テンポも軽快で飽きない。戦闘シーンはとにかく迫力があり、また戦闘時の舞台設定が巧い。読者が燃える設定を良く知っている。
 吸血鬼、人間ともに登場人物のキャラクタが巧く立っているのも、さすが小林さんだ、と溜息が出てしまう。それぞれの力の差の表現も素晴らしい。
 理系な知識が、こんなふうに役立っているのを見ると羨ましくさえ思う。

 でも、どうなんだ!

 謎が残るのだけれど、そこは私の読書力が足りないからなのだろうか。
 ストーリーは続くのか? そこが問題である。シリーズ化するなら、大問題だ。
 はっきり言って、ファンタジーでハードカバーでシリーズ物で、小林泰三というネームバリューでは、厳しすぎる気がする。
 宮部みゆきさんの「ドリームバスター」でさえ、ごにょごにょなのに。

 これは(もしシリーズ化するなら)ノべルスで出すべきだったんじゃないかな。800円くらいで。
 しかし、角川にゃノベルスが無い事実。
 牧野修さんの「黒娘」がありなら、これも講談社ノベルスで行けば良かったのに。
 で、角川の方には、早く四・四シリーズの続編をお願いしたい。

 まあでも、2が出ても買うくらいは面白かったので、満足しています。
 ようは、四・四シリーズが読みたいのです。

-早速追記-

 小林泰三さんの公式ページ掲示板にて、ある程度ヒントを隠している、との書き込みを発見。
 シリーズでは無い模様。

 これでハードカバーをもう一冊買わずに済むと思うと、
――ちょっと残念
ISBN:4093874808 単行本 藤谷 治 小学館 2003/11 ¥1,365

 世界に必要なのは、アンダンテモッツァレラチーズ(馬鹿話)と少しの愛なのさ。

 そんなくさいような、どこか焦点がずれたようなバカっぽい帯の台詞が、終いにはとんでもなく輝いて見えてくる本書。素晴らしい。

 軽快で痛快で爽快な語り口調の一人称でぐいぐいと進むけれど、不思議と三人称であったり、それで帯の通り「馬鹿話」が意味無く続いたり。
 アンダンテモッツァレラチーズの由来も、馬鹿話を愛する者にとっては、「あるあるネタ」的で暖かなエピソードが用意されてある。
 馬鹿話自体も、非現実的に見えながら、しかしこんな馬鹿な話してるよなあ、と納得してしまう。
 馬鹿な事にみんな真剣で、その真剣に馬鹿である事がどれだけ大切なのかをこの本は説いているのだ。

 しかし最後にはじんっと胸に響いてくるメッセージ。考えてみれば、こんなに馬鹿なのに宗教だってテーマとして扱っちゃっているのだ。
 まさかこう来るとは、という驚きもあります。馬鹿話だけで終わると思ったのに、なんてどでかい物語なのだ。

 少し前(2003年末)の本ですが、オススメです。
 文庫化の前に買っても、損はさせませんよ。
 馬鹿話好きの聖書となるでしょう。

グラスホッパー

2004年8月19日 読書
ISBN:4048735470 単行本 伊坂 幸太郎 角川書店 2004/07/31 ¥1,575

 三人の殺し屋と、一人復讐をもくろむ人間と。
 それらの物語が一つに収束する。

 伊坂幸太郎さんの魅力が何かと問われれば、重力ピエロまでは「少し浮ついた現実」だったのです。
 けれど、アヒルと鴨のコインロッカーあたりから、少しずつベースとなる世界観が現実味を持ち始めてしまった。
 伊坂さんの連ねる言葉は、現実の前であまりに無垢すぎる。

 今回のグラスホッパーもそんな感じだった。
 リアリティが欠如しているわけではなく、リアリティの上で動く人間が不自然すぎる。
 でもこの違和感が面白いと言えば面白いのだけれど、私はちょっと受け付けなくなってきた。

 ちょっと変で、洒脱な比喩表現は、デビュー作の「オーデュボンの祈り」を思い出せた。オーデュポンでしか見られなかったそれが、突然なぜ復活したのかな、と不思議に思う。賞を貰って箔が付いて、制約が無くなったのかな、と邪推。
 でもまあ、そんな難しく考えなければ娯楽作品としてそれなりに面白い作品。
「僕は君のために結構頑張っているんじゃないかな」や「死ぬように生きていたくはない」を踏まえて言う「生きているように生きていたんだ」なんて素敵な台詞もさすがです。
 
 タバコやお酒みたいに、伊坂幸太郎という嗜好が出来そうなくらい、癖のある魅力のある人だ、と再認識。

斜め屋敷の犯罪

2004年7月30日 読書
ISBN:4061851896 文庫 島田 荘司 講談社 1992/07 ¥650

 北の地に建てられた斜めに傾く洋館「流氷館」
 クリスマスパーティーに訪れた客達は、そこで惨劇に出会う。
 動き出す人形。密室での殺人。果たして犯人は、そしてその方法は。
 御手洗潔シリーズ第二弾。

 やはりこれも再読。朝になりかけました。
 最初から名探偵がいたら、緊張感が減ってしまう。
 そんな迷信(?)にあやかり、御手洗は最後にちょちょいと謎を解いて帰っていきます。
 探偵は死ぬ事がないから緊張感が減る、と笠井潔さんも「オイディプス症候群」雑誌連載時には探偵(?)矢吹翔を出さなかったそうです。
 しかし読者からは不評で、本にまとめる際に加筆訂正を大幅に行い(そのため、刊行が何年も遅れた)、見事本格ミステリ大賞を受賞。

「緊張感」も勿論そうですが、読者が一番求めているのは「高揚感」だと思うのです。
 わくわくとしなければ、読んでいて楽しくない。それには道化的な探偵役が出ずっぱりで居てくれないと。

 と思うのですが、しかし斜め屋敷の犯罪の場合それほどお話自体が長くはないため、あまり嫌には感じないのですけれどね。
 むしろ、唐突に現れて最初から事件の全てを見渡している御手洗の様子はむかつくくらい格好良い。
 各々の登場人物も、それなりに魅力的な行動をしてくれますし、飽きません。

 屋敷の構造が複雑なため、描写がくどくどとしますが、読み飛ばしても特に問題はありませんし、登場人物が多いのですが、キャラクタが分かりやすく混同する事も無いでしょう。
「読者への挑戦」がありますが、ここまで「解けるわけ無いだろう!」と突っ込める作品もありません。

 とてもフェアで、究極的にアンフェアな作品。
 トリックをしっていて再読すると、結構ヒントは出ているみたいですけど、わかりません、普通。

 この頃の島田さんの女性の書き方好きだなあ……

K・Nの悲劇

2004年7月23日 読書
ISBN:4062117134 単行本 高野 和明 講談社 2003/02 ¥1,785

 予定外の妊娠。
 一時はそれを喜ぶが、今後の生活を見直してみると、今は「その時」ではないと判断を下し、夫婦は中絶を決心する。
 しかし、それから徐々に夫人の行動が常識を逸脱し始める。
 まるで何かが憑依したかのように。

 中絶胎児を一般ゴミに切り刻んで棄てる、なんて事件がありました。
 妊娠中期の中絶ともなると、赤ん坊はきちんと人の形をしています。
 薬で分娩をそくして、産声を上げて生まれてきますが、肺は成長しきっておらず、空気を吸えずにそのまま――
 その胎児を切り刻んで一般ゴミに!
 信じられますか。なんでもっと話題にならないのだろう。

 中絶自体をはたから「善か悪か」と論ずるのは大嫌いです。
 どれだけその個人が悩み苦しみその答えを出すのかをわからずに、ただ「悪い」だなんて誰が言えますか。
 中絶が「善か悪か」を考える前に「必要か否か」をもっと論じるべきだと考えます。そして、それに答えは無い方が良い。
 そういう意味でこの本はニュートラルな位置(結果よりも原因を責める辺り)に立ち書かれているし、物語的にも面白いです。
 ただ、不満点が0かと言えば、微妙なところですが。夫人の意思が置いてけぼりになったりとか……
 まあ、目をつぶりましょう。

 映画化もしたデビュー作の「13階段」も死刑という問題を扱っていました。この人の書くお話のテーマはそんなふうに重い物が多い。
 でも、それを気負いにさせない軽妙な描写が不思議なアンバランスさを持って魅力となっている。
 数少ない「エンターテイメント」を知っている作家さんであると思います。

 と言うわけで、オススメ。
 少し前の作品ですが、前二作が未だに文庫化されていないのを見ると、これも結構経ってからされそうです。
 センスの悪いハードカバーほど買うのに躊躇する物はありませんね。

-追記-

 13階段は文庫化されました。

占星術殺人事件

2004年7月22日 読書
ISBN:4061833715 文庫 島田 荘司 講談社 1987/07 ¥750

 40数年に渡って素人探偵達が寄って集って推理しても解けずにいる「梅沢家殺人事件」
 密室中で殺された梅沢家当主「梅沢平吉」の残したメモには、六人の娘達の体を、占星術的に見て優れた一部分だけ切り離し、それを集め縫合し、一つ完璧な肉体を持つ女性作り出す計画が書かれていた。
 その後、娘達は死んだはずの梅沢平吉の描いた計画通りに殺されているのが、次々と発見されていく。
 果たして誰がなんのために。そして、完璧な肉体を持った「人形」はどこに?
(粗筋だけ書くと、清涼院流水の書く小説みたいだ)

 本格ファンの間では聖書と言っても過言ではない完成度の高さは、未だ他に類を見ない。

 常識を少しはずれた探偵、御手洗 潔(みたらい きよし)。
 凡人の助手であり御手洗の数少ない友達、石岡君。彼の書いた小説、という形式で物語は進んでいく。

 ミスリードに、どんでん返しに、とんでもない一大トリック!
 ミステリ好き垂涎の単語や技法がこれでもかと詰め込まれていくる。
 どれも破綻していない綿密さにも、目が回る。
 今回は再読だったのだけれど、最初からこんなにヒントがばらまかれていたのか、と驚いた。本格は二度読めないと言うのは嘘です。読めない人は、本の楽しみ方を知らない人だ。

 そして、今出ている「本格ミステリ」と謳っている本のある程度は偽物だと実感しました(本当に少ないけれど)。
「本格」とは、雰囲気なのです。世界観なのです。
 ズレの無い、確固とした世界観が本格の土台なのです。読者に考える暇もあたえない猛烈さ。
 別にそれは「現実的」というわけでは無く、全てを「許してしまえる」世界観であるわけです。
 だから例えば殊能将之さんの「黒い仏」だって、私の中ではきちんと本格にあてはまります。あのオチは、あの世界観で全て許してしまえる。

 本格だけに限らず、トリックがあればミステリ、恋愛があれば恋愛小説、危険があれば冒険小説、テーマが重ければ社会派、血が出ればホラー、科学用語や宇宙が出ればSF、なんて勘違いが結構ある。
 違うのですよ! 世界観なのです。
 全てを良しとする世界観なんです。読んでいて世界に入れない小説は、ただの妄想の産物だ。

 話変わって、このころの御手洗は能動的で、なにより良く喋って面白いです。
 やっぱりだんだんとシリーズを重ねる事につまらなくなっていった事は否めない。
 おどろおどろしい本格ふうの雰囲気が薄くなっていっている気がします。

 気になった方は、占星術殺人事件→斜め屋敷の犯罪→異邦の騎士→暗闇坂の人食い木(ここで挫折する人がいるかも)→眩暈と読んでみてください。
 ここまでは面白いです。
「上高地の切り裂きジャック」だけは買っちゃいけません。

 さて、明日から「暗闇坂の人食い木」行きます。

蹴りたい田中

2004年6月26日 読書
ISBN:4150307628 文庫 田中 啓文 早川書房 2004/06/10 ¥735

 ひどい!

 ここまでひどい小説を読んだ事はない。
 でも、大好きだ!

 茶川賞受賞作と帯にうってあって、冗談で済まされないんじゃないか、という凝り方(赤い帯というのも、蹴りたい背中のパロディであろう)
 田中啓文さんのお話というのは、はっきり言って「通」好みで、決して文章も巧いというわけでもなく、ストーリーも面白い、と言えない(とくに短編はピンキリがはっきりしている)
 では、何が魅力かと言えば、その脱力感であろう。

山田正紀に神狩り2を早く執筆するよう頼みたいけれど、きっと彼なら「やあ、まだまだ先」と言うだろう。

 なんていう文章が、さらりと紛れ込んでいる。
「赤い家」なんてもっとひどい。肝心なトリック部分が駄洒落で終わっているのだ!
 はっきり言って、途中に出てくる駄洒落も溜息しか出ない。

 でも、大好きだ!

 たぶん、普通の人が買ったら、本を壁に投げつけるか燃すかのどちらかであるが、私はこの本を是非ハードカバーで買いたかった。
 素敵な装丁と、内容の凝り方をもっと突き詰めて頂きたかった。
 この本は復刻版であるからついていない、という設定の付録も欲しかった。

 はっきり言って、面白くはありません。
 でも、良いんです。それが。
ISBN:4840107386 大型本 ダヴィンチ編集部 メディアファクトリー 2003/03 ¥1,575

 いまさら何ですけど、この本大好きです。
 今でも時々引っ張り出して眺めています。

 人気作家さんのインタビューや、解説の人気投票、メフィスト賞に関してのエッセイなど、盛りだくさん。
 新進気鋭の作家さんの情報もいっぱいあって、飽きません。
 しかし、2003年という近年のはずなのに、もう「そういえばいたなあ……」と思う人がいるのも事実。悲しいです。

 装丁に関するお話も載ってますね。
 京極夏彦さんの「どすこい(仮)」は、この本を読むとどうしてもさわりたくなってしまいます。見返し紙が脂ぎった人肌のようらしいんです。ハードカバーに限ってですけどね。

 金田一耕助がテレビドラマ化されているのは有名な話。
 その役者は様々で、それぞれ特色があるらしいです。そんな情報も載ってます。
 石坂浩二や古谷一行なんて有名ですけど、愛川欽也さんもやってたんですね。
 とても似合わなそうだ。

 とにかくボリューム一杯のミステリ好きにはたまらない内容。
 まだ売っている書店も結構あります。
ISBN:4041366038 文庫 夢野 久作 角川書店 1976/10 ¥525

 読むと一度はその精神に異常をきたすという奇書。
 ついでに、表紙も凄い。例の黒い部分はなんの冗談か「角川文庫」とあります。

 この時代風で言う「探偵小説」なんですが、とにかく「トンデモ」ない。
 ウーム。どこから話せば良いやら。

 精神病棟に押し込まれた名前も何もかも忘れた青年が、その精神科の若林先生と共に、記憶を取り戻そうとするわけなのだけれど、若林先生いわく、青年の記憶が戻ったとき、なにやら精神病に対して凄い発展があるみたいな、無いみたいな。

 ここらへんまでは良いんです。
 青年の一人称も読みやすい。
 しかし、後半にいたり、謎の「正木」という教授の論文あたりで、狂ってくる。
 キチガイ地獄外道祭文と銘打って、チャカポコチャカポコ、と経文のような文句が延々と続き、さらに「地球表面は狂人の一大解放治療場」と名付く新聞の対談(と言う名の説明文)、そして胎児の夢を題材にした論文(崩れてはいるが、確かに論文)と続くに至り、徹底的に読者は置いて行かれそうになる。

 でも、確かにそれも面白い。
 脳髄は考えるところに非ずなんていう、とんでもな大哲学も素敵。
 心理遺伝という概念も、面白い。先祖代々受け継いできた記憶が、ふいに現れるときがある、というもの。たしかに、ふいに何も理由無くいらついたり、重要な決断を蹴ったり、と人間説明付かない事が多い。
 そして、危険な遺伝を持つ人間に対し、故意に心理遺伝を起こして殺人を行わせる……

 ここまで読むのに約一ヶ月。たった300ページの小説を……

 確かに面白い。面白いけれど、読みにくい事この上ない。
 このドグラマグラは、空想の学術書を読んでいるよう。気を抜いたら、すぐ眠くなったり別の事を考えていたり……
 たぶん、今の作家さんが同じ事を書こうとすると、色々な人物にさりげなく喋らしたりして、この三倍は分量が要りそう。
 夢野久作は「いなか、の、じけん」のイメージが強かったからなあ。

 で、下巻に突入です。
 確かに面白くはなってきました。
ISBN:4088736117 コミック うすた 京介 集英社 2004/06/04 ¥410

 出ました新刊。
 面白かったけれど、好き放題やりすぎな感じが。
 作家の趣味を出すのも良いけれど、読者が置いてきぼりじゃなあ。

 で、140笛の「メリークリスマス」に関しての変な考察。

 ジャガー、ぴよ彦、ハマー、高菜、高幡の五人が家に集まり、プレゼント交換をする、というお話。
 プレゼントは五個のボックスにそれぞれ入っていて、ボックスから延びたヒモは、途中布に隠され、交差しているから、どれがどこに繋がっているかはわからない。
 集まった五人はヒモを引いて、繋がっていたボックスのプレゼントをもらえるわけだ。

 でも、ちょっとまった。
 じゃあいったい、誰がボックスに物をしまって、誰がヒモを交差させて、誰が布をかぶせたのか。
 話の中では一貫してそれが出てこない。それぞれのボックスに割り振られた番号がわかった時点でも、皆がわくわくと期待に胸をふくらませている。つまり、誰も中身を知らないようなそぶりなのだ。

 でも、こう考えるとどうだろう。

 ジャガーは最初「正直、ハマーのだけは引きたくない」と暗い顔で言っている。
 これはギャグでもあるが、ジャガーがプレゼントの中身を知っている、という事にはならないだろうか。
 もう一つ、根拠が薄いが怪しいコマがある。113ページの8コマ目、ジャガーは「頑張れ、二分の一でハマーのだからな」とぴよ彦に声をかけている。この語調、とくに「だからな」という部分。これは、その場の主導権を握っている人間の物に思えないだろうか?
 そう考えると面白い絵がある。
 110ページの7コマ目の、ボックスから延びるヒモの絵だ。
 他のヒモが交差しているのに、五番の箱だけ交差して居ず、カーブを描いているだけに過ぎない。明らかに、おざなりな感じだ。
 それから、同じく110ページ目の5コマ目を見てみると、皆「立ち位置によって」引くヒモを選んでいるような節が見受けられる。
 つまり、立ち位置を誘導できれば、目的の人物に目的の箱を開けさせる事が出来るのではないか、なんて推測が成り立たないだろうか。
 そしてハマーは、自分のプレゼントが入った五番の箱のヒモを引く。お話は、それでオチがついてお終いだ。

 ジャガーは全ての箱の中身を知っていた。
 そう仮定すると、高幡の持ってきた「金塊」を自分が引く事も出来る。ドアストッパーにする、などと言っていたが、果たして真意はどこにあるのか。今までの巻を見てみると、意外にジャガーは現実的なところがあり、お金にも執着がある事が見受けられる。(詐欺師を騙してお金を巻き上げた事もある)
 まったく恐ろしい想像が働くものである。

 こんな読み方、止めましょう。

-訂正-

 高橋ではなく、高幡でした。
ISBN:4840214875 文庫 秋山 瑞人 メディアワークス 2000/04 ¥557

 いやあ、面白かった面白かった面白かった面白かった。
 猫が凄いんだもの。猫で泣くとは思わなかったんだもの。

 この本の含むものは多いと思います。
 宗教観であったり、歴史であったり、夢であったり。
 たった数匹の猫のやりとりで、それを提示し、考えさせる物語の魅力。

 SFであるから、少々ややこしい記述は確かにあります。でも、そんな所は全部読み飛ばしちゃってもよろしいです。
 B級SF映画のコロニーを思い浮かべつつ、そこにカビを振りまき、そこらへんの道路にうずくまってるぼろぼろの猫達が、格好良くそのカビだらけのコロニーを闊歩する。
 一つ街が出来ていたり、一つ総括する集団があり、もちろんそれに反発を持つ猫も、日常をなんの疑いもなく受ける猫も、夢を持つ猫も、夢を持たない猫も信心深かったり、良いやつだったり悪奴だったり……

 ほら、普段読んでいる本と何が違いますか。
 敷居は高くないはずです。
ISBN:4840213887 文庫 秋山 瑞人 メディアワークス 2000/01 ¥536

(性懲りもなく七日改訂)

 宇宙に浮かぶ島、遙か昔、天使の手で築かれた城「トルク」
 そこで暮らす猫達とロボット達のお話。

 立ち読みで「あとがき」を読んでみてください。あらすじではなく「あとがき」を。それが大体の内容です。

 この本のテーマは、猫の小さな背中に背負わせて良いものか、というほど大きく考える事に意味があるもの。けれど、それだけだったら「物語」にならない。
 どれだけそのテーマに美味い味付けをするかが本の善し悪しを決めるってもんです。
 もちろんそのテーマの面白さもさることながら、この本はとにかく味付けが美味い。巧い。
 猫一匹一匹が、黴だらけの「トルク」を生きている様子が、時におかしかったり、時に悲しかったり、時に激しかったり。
 人間に置き換える暇もなく目の前に展開する猫人生が、素敵なのです。
 細部まで考えられた設定や、時々垣間見える裏設定(たとえば猫達の語彙の制約)も手が込んでいて飽きがこない。
 しかも、猫だというのに戦闘シーンの迫力たるやものすごい。
 空気の流れまで文字から頬に伝わってきそうでした。

 本の分類はライトノベルに分けられるのでしょうが、エンターテイメントの枠で考えれば一般文芸書がどんどん蹴落とされるくらいの面白さです。

 さて「幽の章」で、どんな決着がつくのか、今から楽しみです。

魔法飛行

2004年6月3日 読書
ISBN:4488426026 文庫 加納 朋子 東京創元社 2000/02 ¥588

 短大生の駒子が、日常に起こった謎を小説として書き留めてゆく。
 ある人物にだけ見せていたその小説。そのある人物は、小説に書き留めた日常の謎を的確に解いてくれる。
 しかし、どうやら駒子の日常をどこからか眺めている第三の人物が居るらしい。

「駒子」シリーズ第二弾。
 いくつも名前を持っている女の子。
 交通事故で死んでしまった男の子の幽霊が出る交差点。
 UFOと、少し不思議な能力を持つ双子のお話。
 そして、それらがまとまり、最後の「ハロー、エンデバー」へ繋がってゆく連作長編。

 伏線がにくい。前作よりも長編らしくまとまってます。
 相変わらず謎の魅力と、その解決の鮮やかさには惚れ惚れとします。そこに素敵な文章が加われば、敵無しなのではないか。
 最後のお話はちょっと急ぎ足だったかな、とは思いますけれど、大満足。

 交通事故で死んでしまった男の子のお話の時に、駒子が唐突に言う「駄目ですよ。子供は死んだりしちゃ、駄目なんです」という言葉が、とても印象深く残っていますし、この言葉を紹介すれば、作品の雰囲気がわかって頂けると思います。
 有栖川有栖さんの解説も的確で面白かった。
 エラリーの言葉を逆手に取った「論理(ロジック)ではなく魔法(マジック)だ」は、まさにぴったり。
 表題作の「魔法飛行」のラストシーンなんか、想像するとファンタジーのようです。

 もし読むなら、シリーズ第一作である「ななつのこ」からを絶対にオススメします。
ISBN:4796641173 単行本 宝島社 2004/05/26 ¥1,000

 単純に、ファンなんです。
 読み応えがなかなかあります。ファンブックとしては申し分ないでしょう。

 全作品の解説から「私」シリーズなどで表紙の絵を担当している高野文子さんのインタビューまであります。主人公の顔はトレースしていると書いてあるのを見て、表紙を見返してみると、なるほど同じだ。
 それでも、最初の「空飛ぶ馬」と最新の「朝霧」では成長したように見えるから、これぞプロの技だなあと感服です。
 うってかわっての覆面作家シリーズの絵は、見てるだけでわくわくしてきます。楽しい楽しい。ちょっとした挿絵の筈なのに、なんでこうも動的なのだろう。
 この本は高野文子さんの本でもあるのではないか!

 作中の文章から推測した場所の体感ツアーも面白いです。いつかこの本を片手に巡ってみたいものだなあ。
 銀座あたりに。

 しかし、既刊のアンソロジーの表を見てみると凄い。
 ここまで幅広い本を読めるなんて、こういうと変だけれど「羨ましい」なあ。
 本というのは読もうと思えば読めるのだけれど、それと全てを愛でられるかは別問題。読書力というのも、一つ大切なスキル。
 私にはあまり足りていない気がします。
 でも、全て追ってみたくもあり。

長崎乱楽坂

2004年5月29日 読書
ISBN:4104628026 単行本 吉田 修一 新潮社 2004/05/25 ¥1,365

 ヤクザの家に生まれた少年のお話。

 ななつのこの後に読んでいて、これは乱読にすぎると自分に喝采を。
 でも、なかなか面白かったです。
 カバーに騙された感はありますが。拳銃なんかいっさい出て来ませんし。

 こういう起承転結もなく、ただ人間が書かれているお話は読んでいて人生の含蓄を理解できたかのような錯覚を覚えられて、気持ちいいんです。
 ヤクザと少年の関係もなにか生々しくてうまいし、そのヤクザの中で育つ少年の擦れるような擦れないような生き方も生々しくて興味深い。
 重松清さんの「疾走」で、主人公の友人がヤクザと知り合い気を大きくしていく、というくだりがあるのですが、この本と比較すると、なるほど「知り合い」と「家族」ではこうも違うのだな、とやっぱり生々しく納得してしまうのです。

 生々しい、と繰り返してきましたが、実態はどうであるか知りません。
 ただ、小説における「生々しさ」は面白さの一因であり、大切だと思います。

ななつのこ

2004年5月28日 読書
ISBN:4488426018 文庫 加納 朋子 東京創元社 1999/08 ¥546

 表紙に惹かれて購入した「ななつのこ」という本。
 駒子はその本に惚れ込み、著者に人生初のファンレターを送る事を思いつく。小さな町の事件の話題を何気なく添えて。
 すると、予想外に来た著者からの返事には、事件の解決が。

 連作短編で、ななつのお話からなりたっています。
 一つ一つに、作中の本である「ななつのこ」のお話が添えられ、同時に駒子の周りで起こる小さな事件のお話も展開していきます。
 この二つの絡ませ方がとんでもなく巧く、面白い。読者は作中の「ななつのこ」とこの本「ななつのこ」を同時に楽しめるわけです。

 文章は豊な語彙、というよりも温もりのある比喩が心地よく、それによって浮き上がる人間味が素敵です。
 この感覚は、やはり日常の謎の始祖である「北村薫」氏を思い出させます。
 だからといって、安易にこの二人の繋がりを「似ている」と言っちゃいけません。絶対に。
 北村薫さんを「先陣を切った師匠」とすると、加納朋子さんは「大成した弟子」でしょう。

 物語だけではなく、描写を一つとってみてもとても面白くて、まるで飽きる事がありませんでした。
 枚挙にいとまがないほど心に残る文句がありましたが、それは読んで頂き感じて貰いましょう。
 546円でこれが味わえるとなると、娯楽というのはなかなか奥が深いものですよ。

 一応、連作短編という形なので、気に入ったお話を。

「一枚の写真」の駒子が抱えていた悩みに共感し、友人の結婚報告に突然涙するあたりで、完全に心を掴まれました。
 等身大の人間が、がんばって生きて悩む様子は、こちらまでがんばって生きて、がんばって悩んでみよう、と思わせてくれます。
 ミステリとして一番面白かったのは「モヤイの鼠」です。終わり方が、くすりと笑えて、謎も見事。
「白いタンポポ」の謎も魅力的。子供の心なんて、とんでもなく難しい謎まで解いてしまうから優しい。

 とにかく。
 簡単に言えば、好きなお話は全てです。無駄がない。
 このシリーズは、集めていきたいと思います。

チルドレン

2004年5月27日 読書
ISBN:4062124424 単行本 伊坂 幸太郎 講談社 2004/05/21 ¥1,575

「絶対に」と言いながら全ての言葉に責任を持たない、少々常識を逸脱しているおかしな「陣内」と、彼の周りに居る人間とが出会う小さな解決。

 連作短編という形で、陣内という少々、いや呆れるくらい奔放な人間を中心に物語は始まり、終わっていきます。
 全然ばらばらに見える事柄が、徐々に形を取ってくる、という伊坂さんが最近得意とする手法が、冴えています。油断していると、ころりとだまされてしまう。連作短編という形も、なかなか生きていて面白い。

 ただ、伊坂さんの得意な雰囲気と、扱うテーマが合致していないと思うのです。
 伊坂さんの書く本のイメージは「悪はどこまでも悪」であり「善はどこまでも善」であるという、なんていうんだっけな……勧善懲悪? 昔のドラクエみたいなあの感じです。

 文章は軽妙洒脱(伊坂さんの作品に一番あてはまる言葉)で、裏側に人間「伊坂幸太郎」が見えてきます。
 そんな状態で主人公に視点を置くと、非行という現実的なテーマを扱っているだけに、主人公との意識の違いが、決定的に感情移入を妨げます。
 今、伊坂さんに書いて欲しいのは、どこか一つ現実から浮いたようなミステリなのです。個人的な欲求ですが。

「伊坂幸太郎」を初めて読む人は「とても面白い」と感じると思います。
 全ての著書を読んでいる人は、少々辟易するかも知れません。

 でも、物語はとても面白く、読後感もさっぱりしていて、まあ、なんだかんだ言って、今まで伊坂幸太郎さんを読んできた人にもオススメです。

 一番好きなお話は「バンク」でした。
ISBN:4488017029 単行本 畠中 恵 東京創元社 2004/04/22 ¥1,780

 親友の家が火事に遭い、親友は死んだ。
 ところが、その親友の携帯電話から、死んだはずの彼の声が聞こえてきた。
 とまどいながらも、親友の言葉に耳を傾ける。彼はこういう。
「どう考えてもおかしいんだよ」
 その一言から、物語が始まる。

 ドグラマグラを投げ出して、読んでしまいました。
 結論を言えば、面白かった。けれど、なんだろう、扱うテーマが大きいのに、どこか二時間ドラマのような展開が、すっきりとしない。
 登場人物達の行動も、なにかちぐはぐに思えたし、文章も稚拙では無いのだけれど、物足りない。
 なるほど新人作家の「ミステリフロンティア」なのだなあ、と実感。

 それでも面白くはありました。
 二時間ドラマのような展開、というのも良く捉えれば、わかりやすく、飽きさせない良いテンポですし。
 一つ生に対する投げかけと、一つ家族が再生していく物語で、読後感もさわやかです。人一杯死んでますが。

 複雑に絡まったコードを解いてみる、そんなミステリならではの面白さも、十分ありました。
 しかし、一番魅力的なキャラクタが主人公ではなく義父というのも不思議な感じ。

1 2 3 4 5 6

 

最新の日記 一覧

<<  2025年5月  >>
27282930123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

お気に入り日記の更新

最新のコメント

この日記について

日記内を検索